見るのも嫌だと言う権利。気持ち悪いと思う権利。

首相秘書官の発言としてはNGだっただけで、ノンケの大多数はそう思っていることを忘れてはならない。当事者ではあるものの私はどうしてもLGBTの活動家が好きになれない。それもありだという認識で物言うならともかく、まるでそれが当たり前かのように権利ばかりを主張するのはどうかと。ちょっとした差別的な発言を、いちいちヒステリックに攻撃するのは何様のつもりかと。

私は自分のことをノンケとは別の「種」として捉えているし、ノンケからも別種と区別されていると認識している。メディアでもLGBTの露出が多い昨今ではあるけれど、およそ理解を示している風の一般人も(カムアウトしている私のノンケの親友も含め)実は冷めた目でやり過ごしているだけなのかもしれない。できれば関わりたくないという感情を隠しているかもしれないしね。

パレードなんかにお祭り騒ぎで参加している中にはチャラいパリピなただのバカも紛れているわけだから、そんな中で声高に権利だけを主張しても全然説得力がない。あれを見たノンケは逆に冷ややかに感情を地下に潜らせ、更に陰湿で執拗な憎悪や嫌悪という感情を膨らませはしないだろうかという危険さへ感じる。

もっとも真面目な活動家たちの地道な運動のおかげで、世界的には同性婚も認められる国があったりするわけで暮らしやすい世になったと言えなくもない。実際のパートナーたちは地味に静かに生活しているわけで、メディアに露出しているカップルの結婚式やパーティーなどの様子とは程遠いものがあると思う。私も7,8年の同棲経験しかないけれど一緒に生活することの重みは少しは知っているつもり。おままごと遊びの延長ではない糠みそ臭い生活も、妥協点を探りながらつじつま合わせのように日々を過ごすエネルギーとか、、

昔、若いころノンケの友人を家に泊めた時にカミングアウトしたことがある。その時そいつに
「え?俺はどうしたらいいの?」 と寝室で言われて
「は?何もしなくていいよ。」
そういいながらやりきれない気持ちになったことがある。
普通ノンケの感性ってそんなもんだよ。
見るのも嫌だと言う権利。気持ち悪いと思う権利。
ノンケにだって権利はある。