熱い夜


ホロヴィッツ初来日!”ってニュースに感激の余り目眩がしたあの日、バイト先の給料を前借りして、何も考えずに東京へ向かった。徹夜で並んでチケットを手に入れるためだ。着くともう結構な人が並んでいて、その中でいつの間にか仲間が出来た。その仲間内で色んな情報や噂が飛び交い、こっちの方がチケットの割り当てが多そうだってことで、銀座のヤマハへ移動する。一晩中それぞれの熱い想いを語り合ったあの夜が懐かしい。夜が明けて、念願のチケットを手に入れ、コンサートでの再会を約束して別れた。
幻のコンサート当日、神様の調子はよろしくなかった。演奏は散々だったのだけれど、ホロヴィッツのファンってのは、大抵みんな、神様の魔法っていうか、呪いに罹って魂をやられてる信者ばっかだから、神様のミスタッチでさへ、絶頂期の演奏にすり替えて聴いてしまうw 要は神様の姿を視れるだけでいいのさ。同じホールの空気を吸い、神様の出だしの一音を聴いただけで、既にもう魂を抜かれているのだから。
コンサートが終わっても、拍手は鳴りやまず、誰も帰ろうとしない。ステージ前に人が押し寄せ黄色い歓声。まるでロックのコンサートだ。そんな私たちに神様は「はやくお帰り」って仕草する…
そんな20代の頃の熱い夜を私は忘れることはない。