新年の始まり

今夜は此処へ来てから一番の天気だ。
木々の合間から雲一つかからぬ満月が煌々と輝く。
時折、湯煙の羽衣を纏いながら舞ふ月の、そのウサギが臼に向かう位置を正面に据えて眺めるにちょうどいい岩の窪みを探して、私は露天に浸かりながら真上を見上げた。大晦日の温泉は人もまばら。カウントダウンなど他所のお話。
いつの間にか年が明けていたようだ。さぁ新年の始まり始まり。
風呂へゆく前に連れからメールがあった。
どうやら他の友人たちと呑んでいるらしい。正月の予定はどうなんだと聞くから、また恒例の賭場の誘いかと呑気にやりとりをしていると、
「俺は今失業中だから何時でもいいぞ」とぬかす。
そうか、そうだったのか。今想えばおかしなことを言っていたことがあったわけだ。これまで自分ばかりが辛いものと思い悩んでいたけれど、とんでもない間違いだ。おまえのサインさへ見過ごした、ばさばさの心を赦せ。
彼は謂わば丁稚奉公のような頃から会社に貢献してきたはずの人間だけれど、その会社が思わぬ成長を遂げ上場するまでに至った。そうなると一流企業よろしく入社採用するのは国立大卒ばかり。思い上がって勘違いした社長が、エリート以外の人間を切っていった…きっとそんなところだろう。
成り上がりというのは愚かさに気づかぬこともある。小金をつかんだ者がベンツを買い、ついに買いそろえた数々の車の置き場にさへ困った途端、これ見よがしに慈善事業なんぞに手を出したりするように。業として人の最終欲は己の存在を知らしめるということに尽きる。あぁ、愚かなる生き物よ。
さぁて、新年早々問題山積だなぁ。
帰ったら色々話を聞いてみるとしよう。