悩ましい夜

最近よく30代ゲイの人達のブログを眺めたりする。
今思えば、一番楽しい時なのかも知れないと振り返ったりもするけれど、自分の頃と比べれば時代も違うわけで、ジムへ通い、カフェでだべり、海外でバカンス…
彼らが言う”まったり”な付き合いは、何故か私には恋人同士のそれとは違って、友達同士の付き合いに見えたりする。
自分の実力を過信する年頃だし、強かに自我を固めていきながらも、肌寂しさが繋がりを求める。
一見楽しそうに見える彼ら自身、いつも一抹の不安や、不満を抱えていて、久々に抱き合ったといっては胸をなで下ろす。
恋に夢見るオフィスの乙女のようにね。
一方では、素性も知らず何度か寝た男に、偶然発展銭湯で出くわして…って男を”元彼”なんて言えちゃう神経の人もいたりするんだから、人それぞれなんだけれどね。悩み多き世界ではあるよ。
ここ数日、掲示板で知り合った子とメールのやりとりをしているのだけれど、
その子が云うに
前彼を「二年間その人のことだけを真剣に愛してきたけど、心のすれ違いで別れました。」ってなことを聞かされて、少し気分が萎えてきた。勝手な憶測で人を判断してはいけないのだけれど、どうすれ違ったのかが気に掛かる。他のやりとりからの雰囲気的に、すれ違いではなくて、気持ちだけが一人歩きして、相手を通り過ごしてしまったような感が否めない。なんとなくね、そんな感じがしたんだ。
そうこうしていたら今度は、昔恋した極妻Honeyからメールが。
ナーバスな感傷に浸ったまま、亡くなった母親への悔いの話をされて、思わず自分の母のことを思い出して涙した。彼の不幸な生い立ちもあるので、出来ることなら黙って抱きしめてやりたい衝動に駆られるけれど、人妻の彼に今更そうしたところで、どう尽くしてやることも叶うまい。
そうと分かっていながらも、感傷に心乱される自分もいかがなものかと。
はてさてブログの彼ら乙女も、次に訪れるべきリゾートのパンフレットをめくりながら、か細い繋がりを死守しようと、悩ましい夜を過ごしていたりするんだろうか…