情事

一緒に暮らし始めて何年が経ったのだろう。そんなある日、
彼のPCの電源を入れる。私だけが休みな昼下がり。
まだパソコンなんてメジャーじゃない頃だから、私にはサッパリ訳が分からない。でも、こういう物もそのうち使えなきゃいけない時代も来るんだと、やってみたんだ。彼はPCを使うのが仕事だったから、やり方は彼から教わっていた。
起動するのに随分時間が掛かる。その間、棚にあったフロッピーを何気に手に取った。なんだか訳の分からないタイトルばかりでちんぷんかんぷん。その中に一枚、何もタイトルのないのがあった。空のフロッピーなら私が使ってもいいかもとスロットに入れてみた。
フロッピーは空じゃなかった。何だろうコレ?開いてみた。
誰かとのメールのやり取りを保存してあるようだった。一通一通読んでみた。
へぇ…浮気してたんだ?誰これ? 相手は…高1じゃん!
一連のやり取りから容易に想像できる情事の光景のあれやこれやを、呆然と脳裡に繰り返した。危機感のない馴れ合い、怠慢な油断を後悔した。
おバカな男は何故、情事の証をわざわざ残して、後から眺めては、にやけて楽しむような愚かなことをするんだろう。釣果を誇示する魚拓みたくね。
彼が家に帰ってからも、私はそのことを口に出すことはなかった。彼を責めることもしなかった。その後何年も…
けれど、彼の何もかもが嘘に思えた、いや、彼の嘘を見抜けるようになったんだ。そして、その殆どが嘘と気付いたとき、私は、彼と別れる決心をした。
"さよなら"に私の涙はなかった。