涙を探す旅

「今日は髪を染めてなくてね…」
あの男と別れてから、あの日私はなんというあてもなく北国へ車を走らせた。見知らぬ土地で旨いもんでも食って、ついでに見知らぬ男達と遊びでもすれば気が晴れるかも知れぬ。そう思いながら一軒のゲイバーへ入った。
普通の家の居間かと思うような店に、結構高齢のマスター。お客は地元の若い子たちが気ままに寛いでいるような雰囲気。突然よそ者の私が上がり込んでも、マスターが構うまでもなく、さりげなく客の若い子たちが退屈させないように相手をしてくれる。まるでこの子達がみんな店子のよう。
面白い店だと思った。
彼らと盛り上がった頃、一人の初老の紳士が店に現れた。けれど、頭にはどこか不自然なキャップ。
「さぁさ、お帽子脱いでおくつろぎになって下さいな。」マスターがそう言うと
「いやぁ、いつもはちゃんと染めてくるんだけれど、《今日は髪を染めてなくてね》」
「え?それがいいんですよ。あるがままが。」
一番ハンサムな青年が口火を切ると
「そうだよ、そうだよ。その白髪がいいんじゃないですか。素敵ですよ?」
次々に他の若い子たちが続ける。
少しばかり戸惑いの表情を見せながら、照れくさそうに爺さまが帽子を脱ぐと
「ほら、やっぱ、その方が素敵ですよ」
そう言われて、更に爺さまは赤面する。
やはり、面白い店だ。 この子達を育てたのはきっとこのマスターだ。この人の人柄がこの子達を集めているに違いない。そう思うと私はますます面白くなってきて、結局みんなが帰ってからも、マスターと二人きりで朝まで呑んで語り明かした。
「わたしね、貴方が店入ってきて暫く観ててね、
 てっきりどこかの店の人だと思ったのよ。」
「いやぁ、違いますよ(笑)  けど、どうして?」
「ん?そうね、あなたの目線の動かせ方とか、気の配り方とかね…」
「はは、まぁ、付き合った男は皆店子ばかりだったけれどね。」
私は、何故ここへ来たのか、どういう思いで、そして付き合った男の事、長く暮らした生活のこと、別れを決意した理由、悦びや悲しみや、憎しみや悔しさや、今まで人に語ることの無かったことを初めてぶちまけた。
夜が明けて、マスターは静かに目を瞑ったまま、けれど、はっきりと私にこう云う。
「あなた、もう、わかってるんでしょ?」
「はい……… もう帰るとしますよ。ほんとに、有り難うございました。」
高速を走らせながら、何故か溢れる涙が止まらなかった。
そしてそれが、あの男と別れてから私が初めて流した涙だった。