ゲイでなくても、なセックス

男同士のエッチへの流れの一つとして、「イケるか?」と確認しつつ行為に及ぶ交尾も、確かにセックスというカテゴリーだけれど、単に交尾の快感を得るのなら、同じく求めるものと共に発展場の暗闇で蠢いていればいいわけだ。
誰と接するに付け、自分の好みと照合し、いざタイプと知るや、カウパー氏線液を顔面にまで滲ませる勢いで擦り寄る輩は、いっそ、敢えて暗闇で蠢いていてくれと願いさへする。
そういう人に、ゲイリブに紛れて、明るい表通りに出てきて欲しくはないわけだ。言い訳がましい屁理屈に、いちいち「ゲイ」という言葉を引っ張り出すなとさへおもう。何度も云うけれど、単なる性癖を「ゲイ」に括り付けて欲しくはない。
ゲイだから?お仲間だから、とりあえず一発愉しむぐらい出来るでしょう?なノリは、頼みもしないのに男とくっつけようとするゲイバーのママと同じくらいうざかったりする。「ゲイ」って何も、同族にはとりあえず股間を開放する、ってキーワードじゃないのだから。
セックスが、とりわけ別室の行為とは思わないけれど、そればかりに向けられる人の眼は奇異だ。飯とセックスは一緒に出来ても、飯の話とセックスの話は一緒に聞いて気持ちいいものと私は思えない。
性癖をあからさまにする、というのと、セックスに開放的に向き合うというのは異質の物だ。さらにそこへ「ゲイ」という言葉を敢えて付け加えるのは、甚だしい勘違いであり甘えだと思う。白日の下に晒される鑑賞に値しないような下半身など、誰の目にも不愉快だ。
御大層な能書きを、わざわざ難しい言葉でのたまうゲイリブの面々が、一般ヘテロから「性への垣根が低すぎる」とj評されるのはなぜか…私にはPTAの教育活動にのめり込むあまり、己の家庭はしっちゃかメッチャカな、世の緩いオバハンと同じレベルに見える。
朝焼けの薄明かりの中で、おはようの挨拶がわりにフェラするパートナーは有りだけど、キッチンでファックすればシバかれる。その程度の節操さへ超えて、男根を露出するかの如く性癖公開は、いかがなものか…
私は彼氏にも「セックスには素直に向き合え」とは云ったが、性癖を尋ねたことはない。
お互いの快感を探り合い、性感を高め合い、言葉に出せない想いを撃ち込みながら果てる、心地よい性器の会話だ。だからセックスは気持ちいい。
こいつを離してはいけない…と魂が叫んだから、私は、彼を押し倒し、挿し入れ、中で果てた…決して裏切れない存在として、誰が一番大切かという想いを、快感の余韻の中で、彼へのキスで伝える。付き合う以前に、「男のピロートークなんて真に受けるな」と云ってしまった私には、尚更「言葉」は使えなかったw 不器用な意思疎通を下半身に任せた…それって、セックスでしょう?w